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実は深い関係がある「ゴールデン・ジュビリー」と「センティナリー・ダイヤモンド」

婚約指輪として人気の高いダイヤモンド。

そのなかには、伝説のダイヤモンドと呼ばれるものもいくつか存在しています。さらに、それらのダイヤモンドのなかには、意外な関係性を持っている「同士」もいます。今回ご紹介するのは、世界一大きなカットダイヤモンド「ゴールデン・ビジュリー」と、最上級かつ最大級という意味で他に類を見ないダイヤモンド「センティナリー」について。このふたつのダイヤモンドには、意外な関係があるのです。

 

発見当初は「名も無き褐色の石」だった、ゴールデン・ジュビリー

©ゼクシィ:11月11日~今日は何の日?~

ゴールデン・ジュビリーは、1986年に南アフリカのプレミア鉱山で発見されました。その原石は755カラット(151g)もあり、当時世界最大のダイヤモンドとされていた「カリナンⅠ」の530.2カラットを上回る大きさでした。

しかし、このダイヤモンド、当初はさほど価値のある石としては見られていませんでした。なぜならこの石は、サイズこそ巨大でしたが、カラーと透明度に問題があったからです。

ダイヤモンドの価値は、大きさだけで決まるものではありません。カラーや透明度などの「質」も、石の価値を決定する重要な要素なのです。これらすべてが揃って初めて、ダイヤモンドとしての価値が認められます。この石の場合は、大きさは素晴らしいものでしたが、カラーは透明には程遠い褐色をしていました。そのため、当初は特に名前を与えられることもない、ただの「名前も無き褐色の石」として扱われていたのです。

 

発見当初から「最も大きい最上級ダイヤモンド」だったセンティナリー

©有名なダイヤモンド

一方、センティナリーが発見されたのは、1986年の南アフリカプレミア鉱山。そう、「名も無き褐色の石」の発見と同年・同所での出来事でした。

しかし、こちらのダイヤモンドは発見当初から多くの人々から注目を集めました。なぜなら、この原石は599カラット(119.8g)もあり、さらに見事なまでに美しい透明色だったからです。このダイヤモンドの所有者であるデビアス社は、この石のことを「今まで見つけられたなかで、最も大きい最上級のダイヤモンド」と紹介し、同社の100周年記念にちなんで、ラテン語で「100年」の意味である「センティナリー」という名称をつけました。また、ダイヤモンドの価値を決定する、世界的権威ある機関・米国GIAも、このダイヤモンドに「グレードD(無色の最上級)」をつけ、その価値を高く評価しました。

 

「扱いの違い」がふたつのダイヤモンドを引き合わせた

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このように、同年同所で発見されたゴールデン・ジュビリーとセンティナリーですが、発見当初の扱われ方は、月とすっぽんのごとく差がありました。しかし、その扱いの違いこそが、ふたつの石を引き合わせるきっかけとなったのです。

サイズも大きく質も高い、世界でも類を見ない貴重なダイヤモンド・センティナリー。この貴重なダイヤモンドをカットするには、高い技術と知識を持ったカッター職人とカットのための専門的な設備が必要とされました。

そこで用意されたのは、ヨハネスブルグにあるデビアス社の工房と特別施設、そして高名なカッター職人ガブリエル・トルコフスキーらを中心に結成されたスペシャルプロジェクトチーム。このプロジェクトは厳重な警備体制のもとで、極めて慎重に進められ、最適なカット方法を決定するために長い歳月がかけられました。そして、幾度もの計算とシミュレーションの末、カット方法が決定。

しかし、センティナリーは世界で最も価値の高いダイヤモンド。失敗は許されません。そこで、持ち出されたのがゴールデン・ジュビリーでした。センティナリーに施すカットを試す練習台として、ゴールデン・ジュビリーが最適だと考えられたのです。

 

「名も無き褐色の石」が世界最大のダイヤモンドになった経緯

もともとはセンティナリーをカットするための練習台として用意されたゴールデン・ジュビリー。しかし、この原石を見たプロジェクトチームは、この石の美しさを見抜き「世界で一番大きなダイヤモンドに作り上げよう」と考えました。

そして、プロジェクトチームの最高の腕によってカットされたゴールデン・ジュビリーは、ファンシーイエローブラウンのダイヤモンドとして美しく生まれ変わりました。カット前の石を知っていた人は、カットによって生まれ変わったその美しい姿を見て、とても驚いたそうです。その後、ゴールデン・ジュビリーは、タイ国王の即位50周年を記念してタイ王室に献上されました。なお、「ゴールデン・ジュビリー」という名称はこの際につけられたもの。英語で「50周年」を意味しています。

 

ゴールデン・ジュビリーのおかげ?世界で最も価値の高いダイヤモンドになったセンティナリー

ゴールデン・ジュビリーのカットが成功した後、センティナリーにもカットが施されました。カットは無事に成功し、1991年2月に、重量273.85カラット(54.770g)、測定サイズ39.90mm×50.50mm×24.55mmの美しいダイヤモンドが誕生しました。クラウンに164面、ガードル部に83面、あわせて247面を持っており、見た人が思わず息を飲んでしまうほどの輝きを持ちます。公的な価値評価は発表されていませんが、1991年のお披露目時には1億ドル以上の保険がかけられたとされています。世界で最も価値の高いダイヤモンドをカットする職人たちのプレッシャーは相当なものだったのでしょう。プロジェクトの中心人物ガブリエル・トルコフスキーは、カットの際に緊張のあまり失神してしまったという話も残されています。

このように、一見関係のなさそうなふたつのタイヤモンドには、こんな意外な関係性があったのです。ゴールデン・ジュビリーとセンティナリーは、お互いがお互いの価値を引き出し合ったといえるでしょう。ゴールデン・ジュビリーとセンティナリーのように、お互いがお互いを高め合える関係というのが、理想の夫婦の形かもしれませんね。現在では、ダイヤモンドは婚約指輪に用いられる宝石の定番となっています。夫婦のスタートを彩る婚約指輪には、永遠と愛の象徴であるダイヤモンドがぴったりです。一生に一度の婚約指輪は本当に気に入るものを選べるよう、ひとつひとつの婚約指輪をしっかりと吟味しましょう。あわせて、ダイヤモンドの歴史や伝説を知れば、より婚約指輪への愛着が増すかもしれません。

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