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ダイヤモンドブームの火付け役 “ダイヤモンド・ジム・ブラディ”とは

婚約指輪を華やかに魅せる“ダイヤモンド”。その美しい輝きは、世界中の女性が思わずため息をもらしてしまうほどに魅惑的です。そんなダイヤモンドの巨大マーケットはアメリカに存在しており、アメリカのダイヤモンドブームの火付け役となった人物が“ダイヤモンド・ジム・ブラディ”という1人の男です。
ここでは、アメリカの巨大ダイヤモンドマーケットの発展に貢献したダイヤモンド・ジム・ブラディについてご紹介します。

“ダイヤモンド・ジム・ブラディ”と呼ばれた男

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ダイヤモンド・ジム・ブラディをご存じでしょうか? 彼は、今日におけるアメリカのダイヤモンドマーケットの発展に貢献したとされる人物です。

ダイヤモンド・ジム・ブラディは、本名を“ジェイムズ・ブキャナン・ブラディ”といい、1856年にアイルランド人としてこの世に生を受けました。
そんなブラディに転機が訪れるのは、鉄道のセールスマンであった20代のとき。ブラディは鉄道列車の販売で、1,000万ドル以上の財を築くことに成功します。一躍大富豪の仲間入りを果たしたブラディは、富豪のステータスとして使用されていたダイヤモンドを数多く身につけるようになります。2万個以上のダイヤモンドを所有し、2万5千ドルのジュエリーを身につけていたともいわれています。
ダイヤモンド・ジム・ブラディという呼び名は、ジェイムズ・ブキャナン・ブラディの人生そのものを表しているのかもしれません。

こうしたダイヤモンド・ジム・ブラディの影響により、1986年アメリカのダイヤモンドマーケットは、国内への流通用に原石およびカットした“宝石になりうる品質のよいダイヤモンド”を800万カラット以上輸入するほど巨大になっていきます。そして今なお、世界最大のダイヤモンドマーケットとして君臨し続けているのです。

気前のよさとジュエリーへの愛は一級品

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ダイヤモンド・ジム・ブラディは、とても気前がよい男だったといわれています。たとえば、仕事やプライベートで出会った女性たちには花やジュエリーを振りまくという逸話が残っているほど。どこかフェミニストな一面が垣間見えるブラディは、生涯独身であったとされています。

 そんなブラディには、大ファンの女優がいました。19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍した、“リリアン・ラッセル”です。ブラディは、ダイヤモンドをはじめとするさまざまなジュエリーをリリアンへ贈っており、金張りでフレームにダイヤモンドを使用した自転車は1万ドルもの価格だったと噂されていました。くわえてブラディは、6本の立て爪スタイルの婚約指輪を考案したティファニーに数多くの特注品を依頼したとされています。そのなかには、リリアンにプレゼントした“黄金のおまる”という変わった贈り物も含まれていました。

 そんなダイヤモンド・ジム・ブラディは、1917年に静かに息を引き取りました。残されていた遺言には、彼が愛したジュエリーたちの行末が記されていたそうです。その内容は「最も手の込んだジュエリーは数人の親しい友人へ、そしてそのほかのジュエリーや財産は慈善事業に寄付」というもの。ジュエリーたちはその遺言どおり、新たな所有者のもとへ渡っていきました。

ダイヤモンドの婚約指輪は、ブラディからのプレゼント

婚約指輪の宝石として人気の高いダイヤモンドは、本来は王族や貴族、富裕層しか身に付けることができない特別なものでした。そんななか、実業家であり投資家でもあった大富豪、ダイヤモンド・ジム・ブラディの影響によってアメリカのダイヤモンドマーケットは大きく発展。その後、ダイヤモンドの採掘量や生産量の調整が行われ、南アフリカからの供給・産出が安定したことで、婚約指輪をはじめとする多くのダイヤモンドジュエリーが世界中で流通するようになりました。
なかでもダイヤモンドの婚約指輪は、多くの女性たちに永遠の愛と夢を与え続ける不変のジュエリーとして人気があります。ダイヤモンドの婚約指輪には、“終わりも始まりもない、永遠の愛”という意味が込められています。そんな不滅の愛を誓うダイヤモンドの婚約指輪が、世界中の女性たちを虜にするのは必然であったといえるかもしれません。

ごくごく当たり前のように、婚約指輪をはじめとするダイヤモンドジュエリーを身につけられるようになった今の世。この素敵な時代は、ダイヤモンド・ジム・ブラディから世界中の女性へと贈られた最後のプレゼントだったのかもしれません。

ダイヤモンドのように、儚く美しい世界

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貧困から一気に大富豪へと上り詰めた“ジェイムズ・ブキャナン・ブラディ”。富豪の証であるダイヤモンドを身にまとった彼は、その輝きに何をみたのでしょうか。
そして、誰よりもダイヤモンドを愛し、マーケットの発展に貢献した“ダイヤモンド・ジム・ブラディ”。彼が生きた世界は、婚約指輪を彩る儚くも美しいダイヤモンドのように絢爛であったに違いありません。

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