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ダイヤ

ルーブル美術館に眠る歴史的なダイヤモンドの数々

フランス・パリにある「ルーブル美術館(Musée du Louvre)」は、世界最大級の国立美術館であり、世界最大級の史跡のひとつでもあります。ここには数多くの宝石が眠っており、婚約指輪の石としても人気が高いダイヤモンドも多数展示されています。

そこで今回は、ルーブル美術館に眠る宝石のなかから“サンシー・ダイヤモンド(Sancy Diamond)”と“レジャン・ダイヤモンド(Regent Diamond)”をご紹介します。
どこまでも美しいプロポーションと、心を見透かすような清純な輝きで、時の権力者や民衆を魅了した2つのダイヤモンド。その内に秘めた深い歴史の一幕を、ぜひ覗いてみてください。

 

非業の歴史を見てきた サンシー・ダイヤモンド(Sancy Diamond)

■赤い本・杖は撮影用に作成された小道具を使用しています。架空のものです。偽物の宝石です。

サンシー・ダイヤモンドは、淡黄色のダイヤモンドです。大きさは55.23カラットあり、施されたカッティングの技術から、インドが原産ではないかと推測されています。

サンシー・ダイヤモンドの歴史は古く、その起源は16世紀にまで遡ります。名前の由来となったのは、アルレー家・分家の末裔である“ニコラ・アルレー・ド・サンシー”。法律家・外交官・財政家・領主など、多彩なキャリアを持つ彼は、ダイヤモンドコレクターという一面も持っていました。

1570年頃、ニコラ・アルレーは東ローマ帝国の首都・コンスタンティノープルでイエローダイヤモンドを購入します。このイエローダイヤモンドこそが、サンシー・ダイヤモンドです。彼が誰からダイヤモンドを購入したのかは謎に包まれていますが、一説によるとポルトガルの国王であった“ドン・アントニオ・デ・カストロ”から買ったのではないかと囁かれています。

 

そんなサンシー・ダイヤモンドは、「血塗られたダイヤモンド」とも呼ばれています。

サンシー・ダイヤモンドの持ち主だったニコラ・アルレーは、当時のフランス国王であるアンリ3世にサンシー・ダイヤモンドを貸していました。アンリ3世はダイヤモンドを王冠や帽子の飾りとして使用していましたが、後の戦争で敗れ、暗殺されてしまいます。その後、ニコラ・アルレーのもとへと返却されたサンシー・ダイヤモンドですが、次代として即位したアンリ4世にもまた、このダイヤモンドを貸すことに。ところが、ダイヤモンドをアンリ4世のもとまで運ぶ使者が山賊に襲われ、殺されてしまいます。

しかし、使者は機転を利かせ、ダイヤモンドを飲み込んで、山賊に奪われることを防ぎました。使者の遺体の体内からダイヤモンドを取り出したときのダイヤモンドの様子、そして数々の悲劇を揶揄して「血塗られたダイヤモンド」という異名がついたそうです。なお、サンシー・ダイヤモンドはルイ15世の王冠にも使用されていたそう。

 

世界で最も美しいダイヤモンド レジャン・ダイヤモンド(Regent Diamond)

few diamonds over leather background and a tweezers

レジャン・ダイヤモンド(Regent Diamond)は、世界で最も美しいダイヤモンドだと称されています。大きさは140.615カラットあり、その品質の高さで世界中のコレクターやジュエラーを魅了しています。

レジャン・ダイヤモンドが発見されたのは1698年のインド・ゴルコンダ。発見された当時、その原石の大きさは約410カラットもあったと伝えられています。

実は原石を発見したのは、当時の奴隷階級に該当する人物でした。その人物は、自分のふくらはぎを裂いて原石を埋め込み、監視の目をかいくぐって脱走します。その後、逃亡を手助けしてもらうためイギリス人船長に「ダイヤモンドの売却価格の半分を渡す」という約束で船に乗せてもらいますが、裏切りにあい、殺されてしまいます。ダイヤモンドを奪った船長はインドの商人に原石を売却しますが、その後、自殺してしまったそうです。

そんな悲劇をかいくぐり、レジャン・ダイヤモンドは1701年、マドラスを統治していたトーマス・ピットに購入されます。ダイヤモンドにはクッションカットが施され、微かにブルーがかったホワイトダイヤモンドに姿を変え、“ピット・ダイヤモンド”という名で呼ばれていたそうです。

そして1717年、ルイ15世の摂政であった“オルレアン公フィリップ”が、そのダイヤモンドをフランス王室のために購入。1721年のトルコ大使歓迎レセプションの際に、ルイ15世が初めて身につけたとされています。また、ルイ15世・16世の戴冠式の際には、このダイヤモンドは王冠にはめこまれ、儀式に華を添えたそう。さらには、マリー・アントワネットの衣装を彩る役目も果たしました。

なお、レジャン・ダイヤモンドと呼ばれるようになったのも、この頃からだそうです。レジャン(Regent)とは、フランス語で摂政を意味する言葉。トーマス・ピットの役職にかけて名づけられたのだとか。

 

フランス革命後には、ナポレオンが戦費を調達するためにレジャン・ダイヤモンドは質入されますが、1801年には取り戻され、皇帝の剣を飾る装飾として使用されました。さらに、政権が変わるに伴い、ルイ18世やシャルル10世、ナポレオン3世などの権力者の王冠に鎮座し続け、現在に至るまで大切に保管されています。

権力者の象徴に施されるほど魅力的なダイヤモンドを婚約指輪に添えてみてはいかがでしょうか。婚約指輪や結婚指輪を見るたびに、幸せな気持ちになれるはずです。

 

巨大なダイヤモンドが鎮座する、世界で一番美しい宝石箱へ

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ルーブル美術館には、上述した2つのダイヤモンドの他にも多数の宝石が展示されています。興味のある方は、これらの歴史深い宝石に会いに、ルーブル美術館へ足を運んでみてはいかがでしょうか。そのきらびやかな輝きは、婚約指輪や結婚指輪の宝石を決めるインスピレーションを与えてくれるはずです。

激動の歴史は過去となり、現在はルーブルという宝石箱のなかで眠りにつく宝石たち。安息の地で、今はただただ穏やかな夢に酔いしれているに違いありません。

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